いつからだろう、iPhoneの発売にワクワクしなくなったのは。
いや、ちょっと言い過ぎているのはわかっている。
全くワクワクしてない、ということは無いんだ。
でも、昔ほどのワクワクは、確実に失われていると思う。
そう感じたのは、今年の9月、iPhone7が発売されたときだった。
そう思うと、なんと表現していいかわからない寂しさに襲われた。

実はこれ、何もiPhoneに限ったことじゃない。
いつの時代も「技術革新」はいつしか「当たり前のもの」として世の中に受け容れられ、そしていつしか溶け込んで行く。

ちなみに、この現象のことをコモディティー化と言うらしい。
市場参入時には高付加価値を持っていた商品が、普及段階における後発品との競争のなかで、その機能の優位性や特異性を失い、一般消費財のように定着していくことを指す。
それは消費者サイドから見ると、「どのメーカーを選んでも大差ない、いつでも手軽に購入できる商品」がコモディティー化された商品ということになるそうだ。

なるほど。

でも、今回言いたいのは市場において、ではなく、私達の自己の中にある価値としての普遍化について。

今回はそんな、未来が日常に変わっていくときの話。

1.iPhoneを手にした時、そこに未来があった。

初めてiPhoneを購入した日のことは、今でも忘れない。
2010年の9月。
間もなくiPhone4が出る、と分かっていたにもかかわらず、その発売が待ちきれずに私はiPhone3GSを購入した。
あれほど欲しくてほしくて仕方がない衝動に駆られたのはいつ以来だろう?

それこそ、小学生の頃にBB戦士のプラモデルの新作が登場して、お小遣いを握りしめておもちゃ屋に走った日以来かもしれない。

それほどまでにiPhoneというものは魅力的だった。
ただ、友人が使っているのをみたことがあるくらいで、全く何に使えるのかさえ知らなかったのに。

初めて電源を入れ、アプリをインストールする。
ぞくぞくとした快感が全身を駆け抜けた。

長年使っていた手帳を捨て、カレンダーアプリでスケジュールを管理するようになった。
メールを一元管理出来るようになり、音楽もiPhoneで聞くようになった。
TwitterやFacebookを始めたのもこの時だ。

それはごくごくささいな、でも明らかに鮮明な技術革新だった。
あの感覚は、もしかしたら今後もう二度と味わえないかもしれない。

それほどまでに、大きな衝撃だった。

2.どんな技術革新も、いつしか日常に変わる。

手のひらのなかの未来。
でも、その未来はいつしか現在になり、日常に溶け込んで行く。

これは何もiPhoneに限ったことじゃない。

かつては「夢の超特急」と呼ばれた新幹線だって、そうだ。
初めて東京ー大阪間を走った新幹線。
その真っ白な躯体を一目見ようと、線路沿いには多くの人が詰めかけた。
一番列車の乗車券は、数日の泊まり込みの後に手に入れたという。

その時、その当時の人たちが見たかったのは、新幹線ではない。
きっと、その線路の上を走る、未来だったんじゃないかと思う。
それほどまでに鮮烈なデビューだったそうだ。

もちろん、新幹線に限らず、蒸気機関車が登場したときも、自動車が生み出されたときも、飛行機が初めて大空を舞ったときもそうだったと思う。
電話や街灯だってそうだ。

だれもが技術革新の果てに登場した新しい「プロダクト」を見つめるとき、そこには「新しい未来」が透けて見えていたハズだ。

でも、いつしかそれは日常に変わる。

飛行機も、新幹線も、電話だって、あって当たり前のものになった。
さて、革命的なものだったのは、いつくらいまでだったのだろう?

いま、iPhoneもその域に届き始めていると思う。

手のひらの未来は、いつしか日常の一部に落ち着いていく。

これが、iPhone7でのワクワクが少なくなった理由だ。

生まれながらにしてiPhoneがある時代。

それは、技術革新の普遍化。

日常の侵食だ。

3.未来は、日常の先にある。

日常の侵食、だなんて大それた表現をしてみたけど、結局それって、「慣れ」の一言に片付けられる。

そう、私たちは慣れていく。
飛行機にも、自動車にも、電話にも、新幹線にも。
もちろん、iPhoneにだって。

ただ、それが悪いことかと言われると、そうではないと断言したい。

技術革新の日常化は、さらなる技術革新を創り出すから。

蒸気機関車が日常になり、慣れ、飽きたからこそ、新幹線が生れた。

電話が日常になり、慣れ、飽きたからこそ、iPhoneが生れた。

未来は、いつだってこの日常の少し先にある。

今、物足りないものが、いつしか満たされるとき、そこにはきっと、技術革新がある。

だから面白いんだ。

だから、人は考え続けるんだ。

新しいものを、ワクワクを、感動を、衝撃を。

いろんな未来を求めて、日常から未来をすくい上げていく。

次はどんな「未来」が生まれるのだろう。

それが今から、待ちきれない。